特集2

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人間で言うと○歳、ってよく聞くけれど……

2015年9月30日


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世界最高齢のボルネオオランウータン、ジプシー
先日、敬老の日を迎えたということで、このサイトでも長寿動物に関する話を取り上げた。
推定45歳を迎えた上野動物園のニシローランドゴリラ、ピーコや、多摩動物公園で暮らす推定60歳のボルネオオランウータン、ジプシーを紹介したが、その年齢を聞いて 「人間で言うと何歳くらいなんだろう?」 と思った人もいるのではないだろうか。

動物園にまつわるよくある言い回しのひとつとなっている、この 「人間で言うと○歳」 。専門知識のないお客さんからすれば非常にイメージをしやすいため、つい聞きたくなってしまう表現だ。ところが、動物園で働く人からは 「本当は使いたくない」 という話をよく聞く表現でもあるのだ。


1歳のウマは人間で言うと8760歳!?

この表現は、われわれ人間の年齢を基準にして、動物の年齢をはめ込むことでイメージしやすくなるというもの。「人間で言うと10歳」 と言われれば、まだ子どもだ、とか、「人間で言うと80歳」 と聞けば、もうお年寄りだね、とか。

問題なのは、何を基準に “ 人間で言うと ” にそろえているのか、という点だ。
人間も含めた動物の一生には、その成長を考える上でのポイントがいくつかある。例えば、自分の脚で立ち上がって移動できるようになる年齢、性成熟して繁殖が可能になる年齢、逆に繁殖ができなくなる年齢、死を迎える年齢、などなど。

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繁殖のためカナダへ旅立つ4歳のユキヒョウ、エナ
(多摩動物公園)
当然ながら、それぞれのポイントに達するまでの時間が動物によって異なる。
多摩動物公園・教育普及係の佐々木愛子さんは、「例えば、ユキヒョウは2歳から3歳で性成熟します。これを “ 2歳のユキヒョウは人間で言うと15歳 ” としてしまうと、単純に “ じゃあ、4歳は人間の30歳か ” となりかねませんが、それは違います」 と話す。
これまでの飼育事例から見ると、動物園のユキヒョウは15歳くらいで死ぬことが多いが、上の 「2歳=15歳」 の例を当てはめると15歳は人間で言う112.5歳となり、私たちの持つ人間の平均寿命の感覚とは大きくズレることになる。
逆に死を迎える平均的な年齢である、ユキヒョウの15歳と人間の80歳をそろえると、性成熟のタイミングが噛み合わない。
すなわち、どちらにしても誤解が生じてしまうのだ。

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トカラヤギの子ども。ヤギも生まれてすぐに立ち上がる
(上野動物園)
もっと極端な例を出そう。ウマの赤ちゃんが生後1時間で立ち上がって歩き出したとする。これを人間の赤ちゃんが立ち上がる年齢に合わせて、“ ウマは生後1時間で、人間で言うと1歳 ” としてしまうと、丸1日で24歳になってしまうし、1歳の誕生日を迎えると “ 人間で言うと8760歳 ” ということになってしまう。そんな凄まじい年齢の人間はいない。
まぁ、ここまで極端な話だとかえって誤解のしようがないが、ユキヒョウの例のようだと正確な情報が伝わらないことになってしまう。
これが、動物園で働く人たちが 「人間で言うと○歳」 という表現をしたがらない最大の理由だ。事実、多摩動物公園では、メディアへの対応の中ではこういった表現は使わないようにしているそうだ。


変な動物、ヒト

上野動物園の教育普及係で主任を務める井内岳志さんは、「年齢に限らず、人間を基準に考えてしまうと間違った認識に陥りやすい」 と指摘する。
「例えば、ライオンやチンパンジーなど、子どもを殺すことのある動物がいます」 と話す井内さんは、「人間の目線で見ると残酷ですが、動物にとっては意味のあることなんです」 と続ける。

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こちらは仲良しのチンパンジー親子(ズーラシア)
人間に人間の価値観があるように、それぞれの動物にも独自の習性がある。
もちろん、今回のテーマである年齢に関係する成長のスピードだってまるで違う。井内さんは、「そもそも人間というのはかなり特殊な動物なんです」 と言う。

思えば、生まれたばかりの人間の赤ちゃんは、生物としてはかなり未熟だ。
自分で移動するができず、お母さんのおっぱいまでたどり着くことすらできない。なにしろ、首もグニャグニャだ。

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肉食動物の方が立ち上がるまでに時間がかかる
(ズーラシア)
クマやパンダの赤ちゃんも未熟な状態で生まれるが、彼らと比べても自分で歩けるようになるまでの時間や、一人前に育つまでに要する期間は人間の方がはるかに長い。
一方で、ウマやヤギ、シカなどのように生まれて間もなく自力で立ち上がる動物もいるし、ニホンザルなどはすぐにお母さんにヒシっと捕まって一緒に移動する姿が知られている。

また、どんな動物でも年を取ると生殖能力は衰え、やがて消えて行ってしまう。しかし、子孫を残せなくなった後も人間が何十年か生きるのに対して、寿命を迎える少し前まで繁殖能力を持続する動物も多い。つまり、そういった動物たちは、繁殖能力がなくなってから生き続ける期間が短いというわけだ。
だから、年齢的に死に近づいているという意味で 「この動物は人間で言うと70歳」 と言っても、その動物はまだ子どもを作れるかもしれない。結局、 “ 70歳 ” と聞いて私たちがイメージする人間のお年寄りとはかなり異なってくるというわけだ。

別にそういったヒトという種ならではの特徴が悪いという話ではなく、人間はそれでやっていけるからこそ、ほかの動物と違う風に進化してきたのだ。だから、別のロジックでそれぞれに進化してきた動物たちを、その基準に当てはめることに無理があるという話なのである。


本当に知りたいことは

動物園で飼育員さんが 「この子はもう結構な年なんですよ」 と言っているのを聞くと、思わず 「人間で言うと何歳ですか?」 とやってしまう。
別に悪気があるわけではなく、よく聞く表現だし、分かりやすくイメージしたいからだ。

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2014年5月に亡くなったツガルさん。彼女の年齢もよく人間に例えられた
(野毛山動物園)
「へー、長生きしてる動物なんだ。応援したいな」 と動物に親しむ入り口になり得る話なのだが、説明してきたようにそこが誤解の入り口になってしまうこともある。
このジレンマを突き破るにはどうすればいいのだろうか。

井内さんは、「幅を持たせて、まだまだ若い個体ですとか、そろそろ老齢です、という風な表現なら問題はないと思います」 と話す。
厳密に何歳かと言うのではなく、おおよその年齢を伝える方法だ。こういった表現であれば誤解は生じにくくなり、かつ専門知識のない人でもイメージを捉えやすい。

実は、このくらいの情報を得られれば 「人間で言うと何歳ですか?」 と質問する人の求めている答えは得られるように思う。
知りたいのは、よく知らない動物の年齢を聞いたときに、一生のうちのどのくらいまで来ているのか、という点ではないだろうか。

つまり、“ 人間で言うと20歳 ” と “ 人間で言うと21歳 ” の差に重要な意味はなく、“ 大人になったばかりの若い子です ” というのが分かれば事足りるわけだ。
だとすれば、ピンポイントで人間年齢を聞くよりも、「まだ子どもですか?」 と幅を持たせて尋ねる方がいいというわけ。

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ハツカネズミのように3歳で長寿という動物もいる
(野毛山動物園)
ただし、この言い方も完璧なものではなく、前述のように 「この子はおばあちゃんです」 と老齢であることを言っても、人間のおばあちゃんと違ってまだ繁殖ができる可能性もあるからだ。
そういった場合は、「まだ子どもは産めますか?」 と具体的な質問を追加するといいだろう。

結局のところ、成長のスピードやタイミングが人間とは根本的に違うんだという意識を持つことが第一歩なのかもしれない。その上で、若者とか中年とか、幅を持たせた表現でおおよそのイメージを掴む。
そうやって動物の年齢を捉えた方が、実情に即した印象を持つことができるというわけだ。


正しいイメージを!

「人間言うと○歳」 は、一見すると確かにイメージを掴みやすい。
でも、そのイメージがそもそも的確でないケースが多いわけだから、そこにたいした意味はない。
多摩動物公園の佐々木さんは、「繁殖できる年齢や身体が衰える年齢など、人間と同じように年を取るわけではない、ということを理解してもらいたい」 と話してくれた。

人間も含めた動物たちは、それぞれに違った成長速度や習性を持っている。
それらを知って行く途中で人間を基準にして置き換えると、そもそもが違う土台の上に出来上がっているものだから、どうしたってズレが起きてしまう。
だから、年齢に関しても「人間で言うと何歳なのか」を厳密に求めると、やはり間違った方向に行きかねないのだ。

もちろん、自分たちがよく知っている 「ヒト」 という動物に置き換えることができれば理解しやすいのだが、そう上手くはいかないものだ。
せっかく動物について知ろうとしているのだから、正しく理解した方がいいに決まっている。そのためにも、「まだ子ども?もう大人?」 くらいの聞き方から入ってみるのがいいようだ。