特集2

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ライチョウを増やすということ 後編

2015年8月12日


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2015年6月6日、上野動物園に5つの卵が搬入された。前日に乗鞍岳で採取されたライチョウの卵だ。
5月29日に始まった環境省の「ライチョウ保護増殖事業計画」のためで、生息数が減り続けているライチョウの保全が目的だ。

前回の記事に続き、今回もこの事業について話を続ける。
ざっとおさらいをすると、ここ30年で1000羽も数を減らしたライチョウを守るために行われている「ライチョウ保護増殖事業計画」の現段階での目的は、最も生息数の減少が激しい南アルプスに住むライチョウを保全すること。
そのため、現地の調査や環境改善とともに、近縁亜種であるスバールバルライチョウの飼育・繁殖の実績を持つ上野動物園(と富山市ファミリーパーク)で、ライチョウを飼育して増やしていこうという内容だ。ただし、今回卵が確保されたのは乗鞍岳でのこと。まだ飼育技術が完璧ではないライチョウ飼育とあって、まずは比較的安定している乗鞍岳のライチョウで「試験飼育」をするというわけだ。

 

極力ダメージを与えない採卵

上野動物園の飼育展示係として今回の事業に携わる高橋幸裕さんは、5月31日、乗鞍岳にいた。環境省の職員、大学の研究者、山岳関係者、動物園関係者など、それぞれの分野の専門家が集まっていたそうだ。中には都合がつかず、自腹を切って駆け付けた人もいたという。

実際に上野に運ばれた卵を採取したのは、6月5日のこと。それまで、高橋さんたちは生息域内での繁殖状況の調査に当たった。「卵があった!よし、持って帰ろう!」という単純な話では、ない。
域外保全のためという大義名分があっても、本来の住みかから卵を持ち出すのだから慎重さが求められる。

過去、公的施設で唯一ライチョウを飼育していた大町山岳博物館では、親鳥が暖めた孵化直前の卵を採取していた。今回も、富山市ファミリーパークに運ばれた5つはそうして採卵されたそうだ。
その種の親鳥が孵化直前まで抱卵していた卵は、孵化する確率が高い。また、人間側の手間も省ける。
ただ、この方法で卵を採取すると、孵化直前のため新たに産卵する可能性は低く、生息域での卵の数は単純に取った分だけマイナスだ。

「野生のライチョウたちへのダメージを極力減らしたかった」と高橋さんは振り返る。
最初の産卵から1日置きに1つくらいのペースで卵を産むというライチョウは、卵の数が4個から6個くらいにならないと抱卵しないという特徴があるそうだ。
かつ、ライチョウを含むキジ目の鳥は、産卵期間中に巣から卵が減ると、追加産卵を行うことがよくあるという。「あら、1つ減ってる!じゃあ、もう1個産みましょ!」というわけだ。

上野に持ち込まれた5つの卵は、この習性を利用して採卵されたもの。つまり、最初の産卵から抱卵に入るまでの期間に卵を採取したのだ。
「これ自体、初めての試みで実験的なもの。採卵した巣は域内研究者が経過観察を続けている」と高橋さんは言うが、この作戦が上手く行き、ライチョウたちが採卵後に追加産卵をしてくれれば、生息域の卵の数には一切影響が出ないということになるのだ。

 

遺伝的多様度とは

上野動物園にやって来た5つの卵は、6月27日から28日にかけて無事に孵化し、ヒナは現在も順調に育っているそうだ。
ライチョウの人工飼育の山場は、孵化後2週間と1カ月くらいだという。
最初の1カ月を健康に過ごせると、ある程度の目処は立つそうで、この記事が出るころにはその山場を超えてくれているはずだ。

孵化後9日目150706_resized_c上野の5羽は、オス3羽にメスが2羽。富山で育っている3羽はいずれもオスだ。
というわけで、順調に行けば2組のペアが作れるわけだが、今後の繁殖に当たって大切なのが「遺伝的多様度」を保つことだ、と高橋さんは話す。

例えば、ある動物の繁殖の元になる創始個体がオスメス1頭ずつだったとする。
そのペアからオスメス2頭ずつが生まれたとしても、子の代では兄弟同士での繁殖しか手はない。仮にその兄弟ペアで子どもを作ったとしても、孫の代でも兄弟やら従兄弟やら、血縁のある個体同士の掛け合わせになる。
数としては増えているが、いわゆる血が濃くなっている状況だ。これは、遺伝的多様度が低い状態。

高橋さんは、「近縁で掛け合わせると絶対に悪くなるというわけではないが、問題が起きるリスクは高まります」と話す。例えば、ある病気に弱いという特徴を持つ一族だと、その病気一発で全滅ということもあり得るのだ。

そこで創始個体、つまり初代のお父さん、お母さんを増やすことと、それぞれの個体を人間でいう戸籍を作って管理し、血縁の遠いもの同士で繁殖させていくことが大切になる。そうすると、さまざまな遺伝子を残せるようになるから、遺伝的多様度が高い状態を保つことができる。

今回のライチョウについても戸籍管理はもちろんのこと、新たに乗鞍岳で卵を採取して創始個体を増やす可能性も考慮しているそうだ。

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